横浜観光 昔の戸塚駅の近く 懐かしの記憶

現実逃避昔の戸塚 時間を感じる場所

横浜観光 昔の戸塚駅の近く 映画館|懐かしの記憶をたどるノスタルジック散歩

昭和と平成初期の面影を求めて。戸塚駅周辺にあった映画館の記憶

横浜市の西側に位置する「戸塚」。現在、戸塚駅は東海道線、横須賀線、湘南新宿ライン、そして横浜市営地下鉄ブルーラインが交差する、横浜市南西部・西部の巨大なターミナル駅として発展していますね。

駅前に降り立てば、「トツカーナモール」や「ラピス戸塚」といった大型商業施設や高層マンションがそびえ立ち、その利便性の高さから「住みたい街」としても名前が挙がるようになりました。

ですが、もしあなたが昭和の終わりから平成の初めにかけての戸塚を知っているなら、今の風景を見て「すっかり変わってしまったな…」と、少しの寂しさと懐かしさを感じるかもしれません。

この記事では、「横浜観光 昔の戸塚駅の近く 映画館」というキーワードを胸に、再開発によって姿を変える前の戸塚、特に地元の人々の娯楽の中心だった「映画館」の記憶をたどるノスタルジックな散歩をご提案します。派手な観光地ではありませんが、あの頃の思い出と現在の街並みが交差する、大人のための横浜観光です。


● 記事のポイント4つ

  • 戸塚駅の東口・西口にかつて存在した「戸塚名画座」や「戸塚松竹」などの映画館の歴史背景を紹介します。

  • 映画が特別なエンターテイメントだった時代の、活気ある街の風景や商店街の様子を回想します。

  • 映画館閉館後の娯楽(ボウリング場、ゲームセンターなど)の変遷と、現在の戸塚駅周辺の様子を比較します。

  • 失われた風景の痕跡を探しながら歩く、「記憶をたどる」新しい横浜観光のモデルコースとして提案します。


横浜観光 昔の戸塚駅の近く 映画館をたどる

戸塚の顔だった「戸塚名画座」

駅近くに存在した“街のシネマ”

かつての戸塚駅東口、現在の「ラピス戸塚」があるあたりでしょうか。そこに、多くの地元住民の記憶に刻まれている「戸塚名画座」がありました。

昭和30年代(1950年代後半)頃から平成の初期にかけて、長きにわたり営業していたこの映画館は、いわゆる「二番館」や「三番館」と呼ばれるスタイルで、新作の封切りから少し遅れて人気作を上映したり、往年の名作を特集上映したりしていましたね。

入口には、職人さんが描いたであろう独特の風合いがある「手描き看板」が掲げられ、それが今週の上映作品を知らせる目印でした。

決して広くはないロビー。そこには瓶ジュースの自動販売機と、小さなチケット売り場があるだけ。今のシネコン(シネマコンプレックス)の洗練されたロビーとはまったく違う、少し雑然としながらも温かみのある空間がそこにはありました。

二番館ならではの楽しみ方

戸塚名画座の魅力は、何といってもその自由度の高さだったかもしれません。

🎥 当時の記憶
多くの場合、入れ替え制ではなく、一度チケットを買えば好きなだけ映画の世界に浸っていられました。土日ともなれば、立ち見が出るほど満席になることも珍しくなく、通路に座り込んでスクリーンを見つめた記憶がある人もいるんじゃないでしょうか。

上映されるのは、邦画・洋画問わず、すでに評価の定まった名作や、大ヒットした作品。学生にとっては、少ないお小遣いで名作に触れられる貴重な場所であり、大人にとっては、もう一度観たかったあの映画に再会できる場所でした。

映画を通じて、家族や友人と感想を語り合う。戸塚名画座は、まさに戸塚の“文化の広場”として、地域の人々の心に豊かな時間を提供してくれていたんですね。


戸塚松竹映画劇場と商店街の活気

戸塚駅西口にあったもうひとつのシネマ文化

東口に「戸塚名画座」があったなら、西口側で人々の記憶に強く残っているのが「戸塚松竹映画劇場」です。現在の「トツカーナ」がある周辺、かつての商店街が賑わっていたエリアにありました。

こちらは「松竹」の名前が示す通り、松竹系列の映画を上映する「封切館(ふうぎりかん)」としての側面が強かったですね。昭和40年代から60年代(1960年代後半~80年代)にかけて、『男はつらいよ』シリーズや、当時のアイドルが主演する話題作などをいち早く上映していました。

映画とセットだった「商店街」

戸塚松竹の大きな特徴は、映画館が単体で存在するのではなく、活気ある「商店街」と一体化していたことかなと思います。

特に週末は、映画を観る前、あるいは観た後に、家族や友人と商店街で食事や買い物を楽しむのが定番のコースでした。これって、今でいうシネコンとショッピングモールが融合した「シネマ×ショッピング」の原型とも言えるスタイルが、当時の戸塚西口にはすでに根付いていたんですね。

劇場周辺には、本屋、レコード店、喫茶店、そして安くて美味しい定食屋やラーメン屋が軒を連ねていました。

🏬 “青春の通り”の風景
映画を観終わった学生たちが、喫茶店でクリームソーダを飲みながら興奮気味に感想を語り合ったり。レコード店で映画のサウンドトラックを探したり。そんな光景が日常でした。「劇場通り」とも呼ばれたその一帯は、たこ焼き屋や駄菓子屋もあって、まさに“青春の通り”だったと感じます。

戸塚はもともと、横浜観光 旧東海道をゆっくり歩く 歴史と風情に触れる記事でも紹介されているように、旧東海道の宿場町「戸塚宿」として栄えた歴史があります。昔から人々が集まり、交流する土壌があったからこそ、映画館を中心とした文化が花開いたのかもしれませんね。


映画館だけじゃない。昭和の戸塚の娯楽スポット

ゲームセンター・ボウリング場・レンタルビデオの時代

時代が昭和の終わりから平成(80年代~90年代)に入ると、戸塚の若者たちの遊び方にも変化が訪れます。

映画館もまだ健在でしたが、それと並行するように、新しい娯楽施設が駅周辺に増え始めました。

熱気に満ちたボウリング場とゲーセン

その代表格が、ボウリング場「トツカボウル」や、大小いくつかのゲームセンターでした。駅から徒歩5分圏内にあったトツカボウルは、放課後や週末になると学生や社会人グループでレーンが埋め尽くされるほどの人気でしたね。独特の貸し靴の匂いや、ピンが弾ける甲高い音が、あの時代の活気を象徴していたように思います。

ゲームセンターもまた、若者たちの“社交場”でした。当時は「ストリートファイターII」などの対戦格闘ゲームが大ブーム。見知らぬ人同士が対戦台に並び、その周りを人だかりが囲む、そんな熱気が戸塚のあちこちで見られました。

文化の変遷と「再開発」の波

そして、映画文化に決定的な変化をもたらしたのが「レンタルビデオ」の普及です。

「ビデオ100」や、後に大きくなる「TSUTAYA戸塚店」などが登場し、人々は映画館に行かなくても、家で自由に映画を観られるようになりました。この流れは戸塚も例外ではなく、残念ながら、地元に愛された映画館は徐々にその役目を終え、姿を消していくことになります。

さらに、この時期の戸塚は、駅前を中心とした大規模な「再開発」の計画が具体化していく時期とも重なります。映画館や昔ながらの商店街が姿を消していった背景には、こうした時代の流れと都市計画の大きな波があったんですね。

出典:横浜市 戸塚区の成り立ち
戸塚駅周辺の再開発の歴史については、横浜市が公開している資料にもその変遷が記録されています。
(出典:横浜市戸塚区区政推進課「Ⅱ 戸塚区の成り立ちと現況及び課題」P.7-8)

映画館からボウリング、そしてレンタルビデオへ。戸塚駅周辺は、昭和から平成にかけての娯楽文化の変遷を、まさに体現しているような街だったと言えるかもしれません。


横浜観光 昔の戸塚駅の近く 映画館の痕跡を探して

面影が残る場所を歩いてみよう

さて、現在の戸塚駅周辺を歩いてみましょう。正直にお伝えすると、再開発が進んだ今、当時の「戸塚名画座」や「戸塚松竹映画劇場」の建物を直接確認することはできません。

⚠ ご注意ください
この記事で紹介している映画館の建物は、すべて現存していません。現在は大型商業施設や道路、ビルなどに生まれ変わっています。「あの頃の建物を見る」のではなく、「かつてこの場所にあった」という記憶をたどる散歩となります。

例えば、東口の「ラピス戸塚」や「戸塚パルソ前」の交差点、西口の「トツカーナ」周辺。かつての映画館があったとされるのは、まさしく今、戸塚で最も賑わっているこのエリアです。

しかし、痕跡がまったくないわけではありません。

商店街の片隅に、当時の写真を使った案内板が設置されていたり、地元の古くからあるお店の方に話を伺うと、当時の賑わいを生き生きと語ってくれることもあります。

また、近年では、地元のNPOや戸塚区の郷土資料館などが、昭和の戸塚の街並みを記録した写真展や、住民の記憶を掘り起こす回想イベントを開催することもあります。こうした地域の取り組みにアンテナを張っておくと、思わぬ形で「あの頃」に出会えるかもしれませんね。

物理的な建物は失われても、人々の記憶や、こうした文化的な活動の中に、映画館の面影は生き続けているんです。


「過去から現在へ」戸塚の変化を楽しむ観光ルート提案

モデルコース:昔を感じ、今を歩く

もし戸塚で「記憶の観光」をするなら、こんな散歩ルートはいかがでしょうか。昔の風景に思いを馳せながら、現在の便利な街並みも楽しむ。その「対比」こそが、戸塚散歩の醍醐味だと思います。

【ノスタルジック戸塚 散歩モデルコース】

  1. 戸塚駅東口からスタート
    まずは東口のペデストリアンデッキから、現在の「ラピス戸塚」や「戸塚パルソ」の全景を眺めます。「このあたりに戸塚名画座があったんだな」と、想像力を働かせてみてください。
  2. 戸塚小学校下の交差点周辺
    少し歩いて「戸塚小学校下」の交差点付近へ。この周辺も、かつての商店街の面影が残るエリアです。古い商店の看板などを探してみるのも楽しいかも。
  3. 西口「トツカーナ」ビルへ
    駅に戻り、今度は西口の巨大な「トツカーナモール」へ。ここがかつて「戸塚松竹」や活気ある商店街があった場所です。その変貌ぶりに驚くことでしょう。
  4. 戸塚区役所に立ち寄る
    西口の区役所(総合庁舎)はとても綺麗で近代的です。上層階には「さくらプラザ」というホールもあり、時には地元の歴史に関する小さな展示が行われていることもあります。
  5. 老舗の喫茶店やベーカリーでひと休み
    戸塚には「喫茶ロンド」さんや、昔ながらのパン屋さんなど、昭和の雰囲気(あるいはそれ以前の創業)を残す老舗も点在しています。再開発の波を乗り越えてきたお店で、コーヒーを飲みながら一息つくのは格別です。
  6. 最後は駅ビルで現代の戸塚を体感
    最後は駅直結の「トツカーナ」や「東急プラザ戸塚」で、お土産を買ったり、最新のグルメを楽しんだり。過去との対比を存分に味わって散歩を締めくくります。

このコースだけでなく、戸塚には映画館の記憶以外にも、たくさんの魅力が隠されています。横浜観光 地元民 知らない|戸塚区で出会う歴史と自然の穴場で紹介されているような、舞岡公園の里山風景や、柏尾川沿いの静かな散歩道など、少し足を伸ばしてみるのもおすすめですよ。


横浜観光 昔の戸塚駅の近く 映画館:まとめ

「横浜観光 昔の戸塚駅の近く 映画館」というテーマで、かつての戸塚の風景をたどってみました。

  • 戸塚駅周辺にはかつて「戸塚名画座」や「戸塚松竹映画劇場」といった映画館が存在し、地域の文化と娯楽の中心地でした。

  • 映画館は商店街の活気と密接に結びついており、映画を観ることが街歩きそのものでした。

  • 再開発によって当時の建物は失われましたが、その記憶は今も地元の人々の心や、街の片隅に残されています。

  • 現在の便利な戸塚と、失われたノスタルジックな風景。その両方を知ることで、戸塚という街がより深く、魅力的に見えてくるはずです。

あの頃、戸塚にあったスクリーンと、暗闇に響いた人々の笑い声。
今はもう建物もありませんが、この街を歩けば、あなたの心の中だけで、懐かしい映画が再び上映されるかもしれませんね。