鎌倉の御朱印で怒られる寺はどこ?正しいマナーと回避法を解説
「鎌倉のお寺で御朱印をお願いしたら、すごく怒られた…」 「怖くて御朱印帳が出せなかった」
最近、SNSや口コミサイトで、このようなドキッとするような体験談を目にすることが増えていませんか?せっかくの休日、美しい鎌倉の景色に癒やされようと思って出かけたのに、現地で冷たい対応をされたり、注意を受けたりしては、楽しい気分も台無しになってしまいますよね。「鎌倉 御朱印怒られる寺」と検索してたどり着いた皆さんは、きっと「マナー違反をして恥をかきたくない」「お寺の方に失礼のないように振る舞いたい」と考えている、とても誠実な方だと思います。
正直に申し上げますと、私自身も御朱印巡りを始めたばかりの頃は、「作法が間違っていたらどうしよう」とビクビクしながら納経所の列に並んでいました。ですが、何度も鎌倉に通い、お坊さんのお話を伺う中で気づいたことがあります。いわゆる「厳しい」と言われるお寺には、意地悪をしているわけではない、明確で納得できる「理由」が存在するのです。
その厳しさは、鎌倉という土地が守り抜いてきた「聖域としての尊厳」そのものです。事前に正しい知識と心構えさえ持っていれば、恐れることは何もありません。むしろ、そうした規律ある空間でこそ得られる、背筋がスッと伸びるような、他の観光地では味わえない素晴らしい体験が待っています。この記事では、トラブルを未然に防ぎ、お寺の方と気持ちよく交流するための具体的なポイントを、私の実体験を交えて徹底的に解説します。
- 怒られる原因となる具体的なNG行動と、その背景にある仏教的な理由
- 「厳しい」と噂される覚園寺や報国寺のルールの真相と楽しみ方
- 失敗しないための御朱印帳の選び方と、書き置きのスマートな保管術
- 静寂を守りながら巡る、心洗われるおすすめの参拝ルート
鎌倉の御朱印で怒られる寺と言われる理由とマナー
「怒られた」という話のほとんどは、寺院側が理不尽に感情を爆発させているのではなく、参拝者側の準備不足や認識違いに原因があります。お寺はサービス業ではなく、あくまで宗教施設です。ここでは、僧侶や寺務所の方がなぜ厳しい態度をとらざるを得ないのか、その背景にある「守るべき一線」について深掘りして解説します。これさえ押さえておけば、鎌倉のどのお寺に行っても「よくお参りくださいました」と歓迎されるはずです。
ノートやメモ帳への授与要求はマナー違反

横浜で現実逃避作成イメージ
御朱印巡りを始めたばかりの方が最もやってしまいがちな、そして最もお寺の方を困らせてしまう失敗が、専用の御朱印帳を持参せず、大学ノートや手帳、あるいは観光地のスタンプラリー用の冊子などに「ここに書いてください」とお願いしてしまうケースです。「紙なんだから何でもいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、これは単なる形式へのこだわりではありません。これには、精神的な理由と物理的な理由の2つが大きく関わっています。
まず精神的な理由ですが、御朱印は本来、お寺に写経を納めた証(納経印)として授与されるものであり、そこに押される朱印や墨書きされる寺号・本尊名は、御本尊の分身とも言える極めて神聖なものです。お守りやお札と同じようにお祀りすべきものを、日々の予定を書き込む手帳や、雑多なメモ用紙に求めるという行為は、信仰対象への敬意を著しく欠いていると判断されます。書き手である僧侶の方からすれば、自身が大切にしている仏様を粗末に扱われているように感じてしまうのです。
物理的な理由も深刻です
一般的なノートやメモ帳の紙質は、御朱印用の和紙とは異なり、墨を非常に吸い込みやすい性質を持っています。そのため、筆を置いた瞬間に文字が滲んで判読不能になったり、インクが裏抜けして次のページや、その下にある机、あるいは書き手の衣を汚してしまったりするリスクがあります。「汚れてもいいです」と言う方もいますが、書き手の方は「美しく、完璧な状態で仏様の証をお渡ししたい」というプロフェッショナルな矜持を持っています。道具が不適切でそれが叶わない状況を強いることは、大変失礼なことなのです。
「たまたま通りかかったから」という軽い気持ちであっても、御朱印をいただくのであれば、必ず授与所で御朱印帳を購入するか、事前に用意して持参しましょう。それが、書き手の方への最初のリスペクトであり、あなた自身が「参拝者」として認められるための第一歩となります。
撮影禁止エリアでの撮影は厳禁とされる理由

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近年、鎌倉の寺院で最もトラブルになりやすく、僧侶の方が神経を尖らせているのが、スマートフォンによる写真撮影です。特に「境内撮影禁止」や「仏像撮影禁止」の掲示がある場所で、隠れて撮影しようとしたり、自撮り棒を使って強引に画角を確保しようとしたりする行為は、即座に厳しい注意、あるいは退去を命じられる対象となります。「少しぐらいいいじゃないか」「SNSにアップして宣伝してあげているのに」という考えは、お寺側には通用しません。
お寺は観光施設である以前に、僧侶が日々の修行を行う「道場」であり、神仏を祀る「聖域」です。道場とは、自己を見つめ直し、悟りを求めて研鑽を積む場所。そこにカメラのレンズを向けるという行為は、対象を「鑑賞物」や「インスタ映えの素材」として消費することと同義になりがちです。特に仏像に対してカメラを向けることは、信仰の場においては非常に不敬な振る舞いとされます。フラッシュの光はもちろん、シャッター音ひとつでさえ、静寂の中で張り詰めていた修行の空気を壊してしまうのです。
「記録に残すのではなく、心に刻む」 これは、ある鎌倉の古刹の入り口に掲げられていた言葉です。禅の教えを大切にしているお寺では、ファインダー越しではなく、肉眼で静寂や空気感を感じ取り、自分自身の五感で記憶することこそが、本来の参拝体験だと考えています。スマホをバッグの奥にしまい、デジタルのフィルターを通さずに目の前の庭園や仏像と対峙してみてください。そこには、写真では絶対に切り取ることのできない、圧倒的な臨場感と安らぎがあるはずです。
参拝順序を守らず授与所へ直行してはいけない

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「御朱印はスタンプラリーではない」と耳にタコができるほど言われていますが、これを最も象徴するのが参拝の順序です。山門をくぐり、美しい庭園や本堂には目もくれず、真っ先に納経所(授与所)へ向かって「御朱印ください」と言う。これは、例えるなら、友人の家に招かれたのに、挨拶もせずにいきなり冷蔵庫を開けて飲み物をねだるようなものです。完全に順序が逆転しており、非常に失礼な行為にあたります。
御朱印はあくまで「参拝の証」ですから、参拝という行為が完了していなければ、いただく資格が発生しません。混雑緩和のために「先に御朱印帳をお預かりします」と案内されている特別な場合を除き、原則として以下のフローを厳守してください。これが「怒られない」ための鉄則です。
- 山門で一礼して入山する:ここから先は神聖な場所であるという意識の切り替えを行います。
- 手水舎で身を清める:手と口をすすぐ行為は、物理的な汚れだけでなく、心の汚れを落とす意味があります。
- 本堂で賽銭を入れ、静かに手を合わせる:ここが最重要です。自分の名前と住所を心の中で唱え、日頃の感謝を伝えます。
- その後に納経所へ向かい、御朱印をお願いする:参拝を終えた清々しい顔で向かいましょう。
お寺の方は、参拝者の振る舞いを驚くほどよく見ています。本堂を素通りして窓口に来た人に対して、事務的な対応や厳しい態度になるのは、ある意味で当然のことと言えるでしょう。逆に、しっかりとお参りを済ませてから丁寧にお願いすれば、書き手の方も「ようお参りでした」と心を込めて筆を走らせてくださいます。
適切な御朱印帳の種類と選び方のポイント

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「怒られない」ための準備として、適切な御朱印帳選びは非常に重要です。「御朱印帳なんてどれも同じでしょ?」と思っていませんか?実は、御朱印帳には大きく分けて「蛇腹(じゃばら)式」と「和綴じ(わとじ)式」の2種類が存在し、鎌倉での御朱印巡りにおいては、断然「蛇腹式」をおすすめします。
蛇腹式は、一枚の長い和紙を折りたたんで作られており、アコーディオンのように広げることができます。この構造の最大のメリットは、書き手の方がページを完全にフラット(平ら)な状態にできるため、筆を走らせやすく、美しい文字が書けることです。また、書き終わった後に広げたまま乾かしておけるため、墨移りのリスクも減らせます。一方、和綴じ式は伝統的な書籍のように糸で綴じたものですが、ページの中央部分(ノド)が平らに開きにくいため、書きづらいと感じる僧侶の方も多く、場合によっては断られることさえあります。
| タイプ | 特徴・構造 | 鎌倉での推奨度 | 理由 |
|---|---|---|---|
| 蛇腹(じゃばら)式 | 一枚の長い紙を折りたたんだ構造。 完全に平らに開く。 | ◎(強く推奨) | 書き手が最も書きやすく、乾かしやすい。 一覧性も高く、集める楽しさがある。 |
| 和綴じ(わとじ)式 | 糸で綴じたノート型。 中央が開きにくい。 | △(注意が必要) | 手で押さえていないと閉じてしまうため、 書き手の手間がかかる場合がある。 |
| ノート・メモ帳 | 洋紙、リングノートなど。 インクを吸いすぎる。 | ×(絶対禁止) | マナー違反であり、断られる可能性大。 墨が滲んで汚れる。 |
最近では、鎌倉らしいアジサイ柄や、各寺院オリジナルの素敵なデザインの御朱印帳がたくさん販売されています。例えば、長谷寺や建長寺などのオリジナル御朱印帳は紙質も素晴らしく、書き手の方からも好評です。お気に入りの一冊を見つけて持参すれば、「良い御朱印帳ですね」と会話のきっかけになることもありますよ。道具へのこだわりは、相手への思いやりでもあります。
混雑時の対応と書き置き保管の正しい作法
春の桜、初夏のアジサイ、秋の紅葉シーズンやゴールデンウィークなどの休日には、鎌倉には多くの観光客が押し寄せます。人気寺院では御朱印の待ち時間が30分〜1時間以上になることも珍しくありません。また、書き手の方が法務で不在の場合や、感染症対策・混雑緩和のために「書き置き(あらかじめ半紙に書かれたもの)」のみの対応となることも多々あります。
ここで絶対にやってはいけないのが、「せっかく来たんだから直書きしてほしい」と窓口で粘ったり、不満を漏らしたりすることです。また、いただいた書き置きを、その場で無造作にカバンに突っ込んだり、財布に折り曲げて入れたりする行為も非常に失礼です。書き置きであっても、その一枚にはお経と同等の功徳が込められており、僧侶の方が一枚一枚丁寧に書かれたものです。
書き置きを美しく持ち帰る「プロ」の技
書き置きの御朱印は、一般的な御朱印帳よりも少し大きいサイズの場合があり、そのままでは挟んでも端が折れてしまうことがあります。そこでおすすめなのが、A5サイズ程度のクリアファイルや硬質カードケースを持参することです。100円ショップで手に入るもので十分です。いただいた書き置きをすぐにケースに入れれば、折れや汚れを防げます。帰宅後は、スティックのりやテープのりを使って、御朱印帳に丁寧に貼り付けましょう。この「貼る作業」まで含めてが、御朱印巡りの楽しみです。
鎌倉の御朱印で怒られる寺を避け楽しむ参拝ルート

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「鎌倉 御朱印怒られる寺」と検索すると、特定のお寺の名前が出てくることがありますが、これらは決して理不尽に怒鳴るような「怖いお寺」ではありません。むしろ、確固たる信念を持って静寂な環境を守り抜いている、鎌倉の中でも特に「格式高いお寺」なのです。ここでは、そうした寺院のルールを正しく理解し、トラブルを避けてスマートに参拝するための情報と、おすすめのルートをご紹介します。
覚園寺が厳しいと言われる背景とガイドツアー
鎌倉の二階堂エリア、住宅街の奥深くに佇む「覚園寺(かくおんじ)」は、拝観ルールが特に厳格であることで知られています。口コミなどでは「怖い」「厳しい」と書かれることもありますが、その実態は「完全な宗教体験の提供」にあります。
覚園寺では、原則として自由拝観が認められていません。決まった時間(例:10時、11時など)に集合し、僧侶の方が案内してくれる約50分間のガイドツアー形式でしか境内に入ることができないのです。また、受付より奥のエリアは完全撮影禁止です。このルールを知らずに訪れ、「ちょっとだけ見せてほしい」「写真くらい撮らせてよ」と交渉しようとすると、当然ながら厳しく断られます。これが「怒られた」という噂の正体です。
「自由に見て回れないなんて窮屈だ」と感じるかもしれませんが、実際に参加してみると、その印象は180度変わります。ツアー中は私語も慎むよう求められるため、境内には鳥のさえずりと風の音、そして僧侶の衣擦れの音しか聞こえません。その静寂の中で、数百年変わらない仏像や庭園と深く向き合う時間は、まさに至福のひとときです。スマホを取り出す必要がないため、現代人が忘れかけている「完全なデジタルデトックス」を体験できます。

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報国寺の受付時間と書き手指名の禁止ルール
「竹の寺」として世界的に有名な報国寺も、ミシュラン・グリーンガイドで三つ星を獲得して以来、多くの外国人観光客を含む参拝者が訪れるようになりました。圧倒的な数の観光客をさばくため、報国寺では合理的なルール運用が行われています。特に気をつけたいのが、「書き手の指名禁止」というルールです。
SNSなどで「報国寺の〇〇さんが書く御朱印が達筆だ」という情報が拡散されると、「この人に書いてほしい」と窓口で指名したり、書き手が違うとわかって列を抜けたりする参拝者が現れます。しかし、これはお寺にとって大きな負担となるだけでなく、信仰の本質から外れています。御朱印の宗教的価値は、誰が書いたか(筆跡)ではなく、どの仏様(報国寺の場合は聖観音菩薩)の証であるかによって決まるからです。
また、美しい竹の庭は撮影可能ですが、本堂内は撮影禁止です。竹林の写真に夢中になりすぎて、そのままのハイテンションで本堂に入り、ご本尊にカメラを向けてしまって注意されるケースが後を絶ちません。庭園(観光)と本堂(信仰)の空間の切り替えを意識することが大切です。
来迎寺の法要優先ルールと事前確認の重要性
材木座エリアにある来迎寺(らいこうじ)などで時折見られるのが、「せっかく遠くから来たのに、今日は御朱印をやっていないと断られた」という不満の声です。しかし、これも理由があります。お寺にとっての最優先事項は、観光客へのサービス対応ではなく、檀家さんの法事や葬儀、日々の勤行といった「法務(ほうむ)」だからです。
特に来迎寺のように地域に根ざしたお寺では、本堂で法要が行われている最中は、御朱印の授与を一時的に休止したり、書き置きのみの対応にしたりすることがあります。これを事前に公式サイトなどで確認せずに訪れ、「何とか書いてほしい」と無理を言うのは、完全にマナー違反です。法要は、亡くなった方を弔う厳粛な場です。そこに土足で踏み込むような真似は慎まなければなりません。
「本日は法要のため〇〇時まで対応不可」といった案内が出ていたら、「またご縁がある時に伺います」と心の中で念じ、参拝(お賽銭と合掌)だけさせていただくのがスマートな大人の対応です。こうした引く姿勢こそが、次回の良きご縁を引き寄せます。
北鎌倉エリアで静寂を守るおすすめルート
北鎌倉エリアは、円覚寺や建長寺といった「鎌倉五山」の寺院が集中しており、観光地でありながらも、禅宗の厳粛な空気が色濃く漂うエリアです。JR北鎌倉駅を降りてすぐの円覚寺からスタートし、建長寺へと向かうルートは王道ですが、ここは現在進行形で僧侶が修行を行う「修行道場」としての性格が強いため、騒音には特に敏感です。
鎌倉五山の覚え方はリズムと歴史で完璧!の記事でも詳しく紹介していますが、建長寺や円覚寺は圧倒的なスケールと歴史を持っています。広い境内を歩いていると、ついつい開放的な気分になって、友人と大声で笑い合ったりしがちですが、すれ違う修行僧の方(雲水さん)への配慮を忘れないようにしましょう。彼らは真剣に修行の最中です。
円覚寺での御朱印ポイント
円覚寺は境内が非常に広いため、入り口の総門を入ってすぐの授与所だけでなく、奥にある「仏日庵」や、国宝の鐘の近くにある「弁天堂」でも、それぞれ別の種類の御朱印をいただけることがあります(弁天堂では、特定の日に茶屋で書き置きを授与など、運用が変わることがあります)。一度に全て回ろうとせず、静かに境内を散策しながら、ご縁があった場所でいただくのがおすすめです。
金沢街道エリアの混雑回避と拝観のコツ
報国寺や浄妙寺がある金沢街道エリアは、鎌倉駅からも北鎌倉駅からも少し離れています。徒歩だと30分近くかかるため、バスでのアクセスが中心となりますが、道幅が狭く、週末は非常に渋滞しやすいのが難点です。バス待ちの行列でイライラしたり、車内で大声で話したりといった移動中のマナーも、地元の方々はよく見ています。
このエリアを攻略し、かつお寺で静かな時間を過ごすための最大のコツは、「午前中の早い時間帯」に訪れることです。特に報国寺は開門直後の9時台であれば、あの有名な竹林の静けさを独占できる可能性が高く、御朱印の待ち時間も短くて済みます。昼過ぎに行くと、竹林は人で埋め尽くされ、御朱印は30分待ち…ということもザラです。
早朝に報国寺を参拝した後は、徒歩数分の距離にある鎌倉五山の第5位・浄妙寺に立ち寄りましょう。ここでは、枯山水の庭園を眺めながら、お抹茶とお菓子(有料)をいただくことができます。混雑するランチタイム前に、お寺で静かにお茶をいただく。心に余裕を持って行動することが、結果としてトラブル回避にもつながり、何倍も豊かな体験になります。
観光客の集中による「オーバーツーリズム」は鎌倉全体の問題となっており、市もマナー向上を呼びかけています。混雑時は無理に移動せず、一箇所のお寺でゆっくり過ごすのも、「怒られない」ための賢い選択です。 (出典:鎌倉市『鎌倉市公共の場所におけるマナーの向上に関する条例』)
鎌倉の御朱印で怒られる寺の噂を解明した結び
ここまで、「鎌倉 御朱印怒られる寺」という検索キーワードの裏側にある真実と、正しいマナーについて解説してきました。結論として自信を持ってお伝えできるのは、鎌倉に理不尽に怒るような「怖いお寺」は存在しないということです。
「撮影禁止」や「私語厳禁」、「参拝順序の徹底」といった厳しいルールは、すべてその場所の「聖域としての尊厳」を守り、私たち参拝者に、最高に美しい状態の寺院を見せるための、お寺側の愛情とプライドの裏返しです。もしルールがなければ、静寂は騒音にかき消され、厳かな空気は失われてしまうでしょう。
私たち参拝者もその想いに応え、きちんとした御朱印帳を用意し、山門では帽子を取り、静かに手を合わせる。そんな当たり前の敬意を持って接すれば、どのお寺でも「ようお参りでした」と温かく迎え入れてくれます。むしろ、厳しいルールがあるお寺ほど、マナーを守る人にはとても親切にしてくださるものです。
ぜひ、恐れることなく鎌倉へ出かけてみてください。ルールを守った先にある、背筋がスッと伸びるような清々しい体験は、きっとあなたの心を豊かにし、明日からの活力を与えてくれるはずです。