上大岡総鎮守鹿嶋神社の御朱印と駐車場!歴史やご利益も完全ガイド

賑やかな上大岡駅から鹿嶋神社へ向かう、徐々に静かになる住宅街の坂道を登る歩きやすい靴を履いた日本人女性の様子。 時間を感じる場所
横浜で現実逃避作成イメージ

上大岡総鎮守鹿嶋神社の御朱印と駐車場!歴史やご利益も完全ガイド

上大岡駅周辺の賑やかな商業施設でショッピングを楽しむのも良いですが、ふと静かな場所で心を落ち着けたいと思うことはありませんか。そんな時におすすめなのが、小高い丘の上に鎮座する上大岡総鎮守鹿嶋神社です。地元では有名な神社ですが、実際に参拝しようとすると、御朱印はどこでいただけるのか、車で行く場合に駐車場はあるのかなど、事前の情報が少なくて不安になることもありますよね。また、歴史ある社殿やご利益についても詳しく知りたいという方も多いのではないでしょうか。この記事では、実際に現地を訪れる前に知っておきたい実用的な情報や、見落としがちな境内の見どころについてご紹介します。

  • 神社の場所や最寄り駅からの具体的なアクセス方法
  • 参拝時に利用すべき近隣の駐車場と推奨スポット
  • 無人社での御朱印の受け方と森浅間神社への連絡手順
  • 鎌倉時代から続く歴史や祀られている神様のご利益

上大岡総鎮守鹿嶋神社ガイド!御朱印のいただき方や駐車場を解説

まずは、参拝するにあたって一番気になるアクセス情報や、少し複雑な御朱印のいただき方について解説していこうかなと思います。現地に行ってから「困った!」とならないように、事前にチェックしておくと安心ですよ。特にこの神社は、一般的な観光地化された神社とは異なり、地域の生活に密着した「村の鎮守様」という性格が強いため、予備知識があるかないかで参拝のスムーズさが大きく変わってきます。初めて訪れる方でも迷わず、そして心穏やかにお参りができるよう、私の実体験を交えながら詳しくナビゲートしていきますね。

上大岡駅からのアクセスと神社の場所

上大岡総鎮守鹿嶋神社は、京浜急行や横浜市営地下鉄の「上大岡駅」から徒歩で約10分から12分ほどの場所にあります。「上大岡」といえば、駅直結の百貨店やカミオ、ミオカといった大型商業施設が立ち並び、常に多くの人で賑わっている横浜南部の一大拠点ですよね。しかし、駅から一歩離れて鎌倉街道を越え、住宅街の方へと足を踏み入れると、その雰囲気はガラッと変わります。都会の喧騒が徐々に遠のき、落ち着いた生活空間が広がっていく変化を感じられるのも、この散策の醍醐味かもしれません。

具体的なルートとしては、駅の西口を出て鎌倉街道を南下し、一本路地を入って住宅街を進む形になります。地図アプリで「上大岡西3丁目12-38」と検索すれば場所はすぐに分かりますが、ここで一つ覚悟しておいていただきたいのが「地形」です。神社は小高い丘陵地帯に鎮座しているため、アプローチの最後はどうしても坂道を登ることになります。

歩きやすい靴が必須の理由

駅から神社までの道のりは、最初は平坦ですが、近づくにつれて徐々に勾配がきつくなっていきます。特に神社の鳥居が見える直前の道は、住宅街特有の細い道でありながら、ぐっと登るような坂になっています。ヒールやサンダルだと少し足元がおぼつかなくなる可能性があるので、スニーカーなどの歩きやすい靴で訪れることを強くおすすめします。「駅からたった10分」と油断していると、意外と良い運動になるので驚くかもしれません。

また、道中は昔ながらの住宅地を通るため、目印となるような大きな建物はあまりありません。曲がり角を一つ間違えると迷路のような路地に入り込んでしまうこともあります。初めて行く際は、スマートフォンの地図をこまめに確認しながら進むのが確実です。少し息が上がってきた頃に、突然目の前に現れる石段と鳥居。その瞬間、「あ、ここだけ空気が違う」と感じられるはずです。この「日常から非日常へ」と物理的に登っていく感覚こそが、古来より高台に神様をお祀りしてきた日本人の感性なのかもしれませんね。

参拝に便利な駐車場と周辺パーキング

車で参拝に行きたいと考える方も多いと思いますが、ここで一つ、非常に重要な注意点をお伝えしなければなりません。多くの神社には参拝者用の駐車場が併設されていることが多いですが、上大岡総鎮守鹿嶋神社に関しては事情が異なります。

上大岡総鎮守鹿嶋神社には、参拝者専用の駐車場が一切ありません。

「境内の隅にちょっとくらい置けるスペースがあるのでは?」と思われるかもしれませんが、鳥居の前はすぐに石段ですし、その下の道路も道幅が狭く、一時停車すら憚られるような状況です。さらに、周辺の住宅街は一方通行の規制が多く、道に迷うとバックで戻るのも大変な場所もあります。近隣住民の方への迷惑にもなりますので、神社周辺への路上駐車は絶対に避けましょう。

そのため、車でアクセスする場合は、近隣のコインパーキングを利用することが必須となります。神社のすぐ近く(徒歩1分圏内)にも「三井のリパーク 上大岡西3丁目第3」などのコインパーキングが存在するのですが、ここは収容台数がわずか7台程度と非常に少なく、いつ行っても満車に近い状態であることが多いです。空くのを待って狭い道で待機するのも現実的ではありません。

私が推奨する「確実な」駐車戦略

参拝前に安心して車を停められる、収容台数の多い大型商業施設(ヨークフーズ上大岡店など)の提携駐車場(タイムズ)の広々とした様子。

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そこで私が個人的に最もおすすめしたいのが、少しだけ歩くことになりますが、大型スーパーマーケットである「ヨークフーズ上大岡店」の提携駐車場(タイムズ)を利用する方法です。

駐車場名 神社からの距離 収容台数 特徴・推奨理由
三井のリパーク 上大岡西3丁目第3 徒歩約1分 (21m) 7台 最も近いが、台数が少なく満車リスクが高い。道も狭い。
タイムズ上大岡西第6 徒歩約2分 (125m) 7台 こちらも台数は少なめ。空いていればラッキー程度。
タイムズヨークフーズ上大岡 徒歩約3分 (169m) 161台 【推奨】台数が圧倒的に多く確実に駐められる。買い物併用も可。

表にもまとめた通り、ヨークフーズの駐車場は収容台数が160台以上と桁違いです。ここなら「満車で駐められない」というストレスを感じることはまずありません。料金も相場通りですし、何より参拝の帰りに夕食の食材や飲み物を買って帰れば、駐車料金の割引サービスを受けられる場合もあります(※最新のサービス内容は現地でご確認ください)。

神社までは徒歩3分程度かかりますが、狭い路地を車で彷徨うリスクを考えれば、広い道沿いの大型駐車場にサッと入れて、安全に歩いて向かうのが最もスマートで賢い選択かなと思います。心穏やかに参拝するためにも、駐車場の心配事は最初に解決しておきたいですね。

書き置き御朱印と森浅間神社での直書き

無人社の鹿嶋神社で用意されている、初穂料を賽銭箱に納めていただく形式の「書き置き御朱印」が収められた箱の様子。

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近年、御朱印集めを趣味にされている方も増えていますが、この鹿嶋神社で御朱印をいただく際には、少し特殊な事情を理解しておく必要があります。それは、ここが普段神職の方が常駐していない「無人社(むじんしゃ)」であるという点です。社務所のような建物はあっても、基本的には閉まっており、窓口でいつでも対応してもらえるわけではありません。

では、どうやって御朱印をいただくのか。大きく分けて2つのパターンが存在します。ご自身のスタイルやこだわりに合わせて選んでみてください。

① 現地で「書き置き」をいただくパターン

最も手軽なのが、神社の拝殿前などに用意されている「書き置き(紙の御朱印)」をいただく方法です。地域の氏子さんたちが管理してくださっている場合が多く、箱の中に書き置きが入れてあります。初穂料(通常300円〜500円程度)は、近くの賽銭箱に納める形式が一般的です。

ただし、これはあくまで「在庫があれば」の話です。私が訪れた時も、たまたま補充されていたのでいただけましたが、タイミングによっては切れてしまっていることもあります。また、お釣りが出ないので、小銭をあらかじめ用意しておくことも忘れないようにしましょう。

② 森浅間神社で「直書き」をお願いするパターン

「やっぱり御朱印帳に直接書いてもらいたい!」というこだわり派の方や、現地に書き置きがなかった場合は、この神社の管理を兼務している本務社へ出向く必要があります。それが、同じ横浜市内の磯子区森にある「森浅間神社(もりせんげんじんじゃ)」です。

ここに行けば、鹿嶋神社の御朱印も書いていただけます。ただし、場所が全然違うので注意が必要です。上大岡からは電車やバスを使って移動する必要があり、距離にして約3kmほど離れています。「ついでに寄る」という感覚だと少し遠いので、御朱印巡りのルートとして事前に計画を立てておくことをおすすめします。また、次項で詳しく解説しますが、いきなり訪問しても対応していただけないケースがあるため、事前の確認が欠かせません。

豆知識:兼務社とは? 現代の日本では、神職不足などの理由から、一人の宮司さんが複数の神社を掛け持ちで管理していることがよくあります。これを「兼務社」と呼びます。鹿嶋神社のように普段は無人でも、祭礼や管理は本務社(ここでは森浅間神社)がしっかりと行っているため、信仰の場としての機能は維持されているんですよ。

ちなみに、横浜エリアには他にも魅力的な御朱印スポットがたくさんあります。興味がある方は横浜 御朱印巡りができますか 神社・寺院でいただける御朱印の魅力の記事も参考にしてみてくださいね。

御朱印の受付時間と電話予約の方法

兼務社である森浅間神社へ行って御朱印をいただく場合、あるいは七五三やお宮参りなどのご祈祷をお願いしたい場合、「とりあえず行けばなんとかなる」と考えるのは少し危険です。なぜなら、森浅間神社の宮司さんは、併設されている幼稚園の園長先生としての業務なども兼任されており、非常に多忙な方だからです。

実際に、アポイントなしで訪問したものの、宮司さんが不在で御朱印をいただけなかったという話も耳にします。また、法事や他の神社の祭礼などで出張されていることもあります。せっかく足を運んだのに空振りに終わってしまっては残念ですよね。そうならないためにも、事前の電話確認はマナーとしても必須だと思ってください。

電話確認のポイント

  • 連絡先:森浅間神社(045-753-1840)
  • 伝えること:「上大岡の鹿嶋神社の御朱印をいただきたいのですが、ご都合いかがでしょうか?」と明確に伝える。
  • 確認すること:訪問可能な日時、書き置きか直書きか、初穂料の金額など。

電話をする際は、相手がお忙しい時間帯(早朝や深夜、幼稚園の行事時間など)を避ける配慮も大切ですね。もし「今は手が離せない」と言われたら、改めてかけ直す余裕を持ちましょう。場合によっては、「御朱印帳を預けて、後日受け取りに来てください」と案内されることもあるようです。これは宮司さんが一人で多くの業務をこなしているからこその対応ですので、柔軟に受け入れる心構えが必要です。

少し手間に感じるかもしれませんが、このように人と人とのやり取りを経ていただく御朱印には、ただスタンプを押すだけのスタンプラリーにはない重みがあります。電話口での丁寧な対応も含めて、神様とのご縁を結ぶプロセスだと楽しんでみてはいかがでしょうか。

51段の石段と静寂な境内の雰囲気

さて、実務的な話が続きましたが、ここからは神社そのものの魅力について、現地の情景を思い浮かべながらお話ししましょう。私がこの神社を訪れて最も心を動かされたのは、境内へと続く51段の石段の存在です。

住宅街の路地を抜けると、突如として目の前に急勾配の石段が現れます。決して長くはありませんが、見上げるとその先には緑の木々が覆いかぶさり、空へと続いているように見えます。一段一段踏みしめて登っていくと、自分の呼吸音が聞こえるほど周りが静かになっていくのを感じるはずです。

この石段は、単なる移動手段ではありません。下界(俗世)の商業地や住宅地と、神様がいらっしゃる神域(聖域)を物理的にも精神的にも切り分ける、重要な「結界」の役割を果たしているように思います。息を切らして51段を登り切った瞬間、視界がパッと開け、鬱蒼とした鎮守の森に囲まれた広場に到着します。

都市の喧騒を忘れる「エアポケット」

登り切った先の境内には、驚くほどの静寂があります。さっきまで耳に入っていた車の走行音や街のざわめきが、木々のフィルターによって遮断され、聞こえてくるのは風が葉を揺らす音や鳥のさえずりだけ。上大岡という賑やかな街のすぐそばに、これほど静かな場所が残されていることに感動すら覚えます。

境内にはベンチも置かれており、参拝後に少し腰を下ろして休憩することもできます。木漏れ日の中で深呼吸をすると、日々の忙しさで張り詰めていた心が、すーっと解けていくような感覚になりますよ。派手な装飾や観光客向けの看板などは一切ありませんが、この「何もない贅沢」こそが、鹿嶋神社の最大の魅力かもしれません。自分自身と向き合いたい時や、頭の中を空っぽにしたい時に、ふらりと立ち寄りたくなる場所です。

上大岡総鎮守鹿嶋神社の歴史とご利益

ここからは、ただ参拝するだけでは見逃してしまいそうな、神社の深い歴史や祀られている神様について、少しディープに掘り下げてみたいと思います。神社の由緒を知ることは、その土地の記憶に触れることでもあります。「なぜここに神社があるのか」「どんな願いが込められてきたのか」を知ってから手を合わせると、参拝の充実度が格段に上がりますよ。

祭神タケミカヅチと勝負運のご利益

勝負運と武運長久の神であるタケミカヅチノミコトへの祈りを込めた、力強いデザインの絵馬が奉納されている様子

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社名にある「鹿嶋」からも分かる通り、こちらの主祭神は「武御雷命(タケミカヅチノミコト)」です。茨城県にある常陸国一之宮・鹿島神宮の御祭神として全国的に有名な神様ですね。

日本神話において、タケミカヅチは非常に重要な役割を果たしています。国譲りの神話では、出雲の大国主命(オオクニヌシノミコト)と交渉し、力比べで勝利して国譲りを成し遂げた最強の武神として描かれています。また、剣の神様、雷の神様としての側面も持ち合わせています。

人生の「ここ一番」で頼れる神様

こうした神話的背景から、タケミカヅチは古くから「勝利の神」「武運長久の神」として武士たちに篤く崇敬されてきました。現代の私たちにとっても、そのご利益は変わりません。スポーツの試合、受験、大事なプレゼン、あるいは自分自身の弱さに打ち勝ちたい時など、人生の「ここ一番」という勝負所で、背中を強く押してくれるような力強いエネルギーを持った神様です。

かつては、地域から戦地へ赴く兵士たちが、必ずここで武運を祈ってから出発したという歴史もあります。平和な現代においては、「戦う」ことの意味は変わりましたが、困難に立ち向かう勇気や決断力を授けてくれる存在として、多くの人々が手を合わせに訪れています。何か迷っていることがあるなら、ここで決意を新たにしてみるのも良いかもしれませんね。

厄除けのご利益がある道祖神と弁天様

鹿嶋神社の興味深い点は、武神タケミカヅチだけではなく、私たちの生活に寄り添う別の神様たちも一緒に祀られていることです。その構成は非常にユニークで、地域の歴史を色濃く反映しています。

まず注目したいのが、配祀神(はいししん)として祀られている「岐之宮(チノミヤ)」「来名戸神(クナドノカミ)」「賽神(サエノカミ)」という三柱の神様です。名前は難しいですが、これらはすべて「道祖神(どうそじん)」の別名や関連する神様なのです。道祖神といえば、村の入り口や辻に石像として置かれているのをよく見かけますよね。その役割は、外部から入ってくる疫病や災厄をブロックする「境界の守護神」です。

本来なら村の境界にあるはずの道祖神が、なぜ神社の社殿の中に祀られているのでしょうか。これは推測ですが、明治時代の神社合祀(ごうし)政策によって、村内に点在していた道祖神がこの鹿嶋神社に集められたか、あるいは鹿嶋神社自体が上大岡村全体の「精神的な関所」としての役割を担っていたことを示しているのではないでしょうか。つまり、ここでは「勝負運」だけでなく、悪いものを寄せ付けない強力な「厄除け・災難除け」のご利益も期待できるのです。

豊かさを司る弁天様の存在

さらに、境内の鳥居脇には「弁天社」も鎮座しています。こちらにお祀りされているのは、宗像三女神の一柱である市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)。神仏習合の時代には弁才天(弁天様)と同一視され、水、芸能、財福を司る女神として親しまれてきました。

丘陵地にあるこの神社に水の神様がいるのは少し不思議ですが、かつて村の中にあった水源や池の神様が合祀されたのかもしれません。武神の「剛(つよさ)」、道祖神の「守(まもり)」、そして弁天様の「富(ゆたかさ)」。これらが一つの境内に揃っている上大岡総鎮守鹿嶋神社は、実はあらゆる願いを包括的に受け止めてくれる、隠れた万能パワースポットと言えるのではないでしょうか。

鎌倉時代に始まる歴史と源頼朝の伝承

江戸時代後期(1810年)に再建された上大岡総鎮守鹿嶋神社の社殿の、細部に施された歴史を感じさせる木彫りの装飾と建築。

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「上大岡総鎮守」という格式ある呼び名が示す通り、この神社の歴史は非常に古く、その起源は中世まで遡ります。社伝や境内に残された棟札(建物の建築・修築の記録)によると、現存する最古の記録はなんと鎌倉時代初期の建久2年(1191年)のものだそうです。

1191年といえば、源頼朝が征夷大将軍に任じられる(1192年)まさに直前の時期。鎌倉幕府が開かれようとしていた激動の時代です。この上大岡の地は鎌倉にも近く、主要な街道が通る交通の要衝でもありました。そのため、鎌倉武士たちが自分たちの守護神として、東国の武神である鹿島の神様をこの地に勧請(かんじょう)したのが始まりだと考えられています。

200年前の姿を今に伝える社殿

その後も、室町時代や江戸時代を通じて何度も修復や再建が行われてきました。現在の社殿は、江戸時代後期の文化7年(1810年)に再建されたものがベースになっています。つまり、私たちは今、200年以上前の人々が祈りを捧げたのと同じ建物を目にしているわけです。幾多の地震や戦火を乗り越えて、当時の建築が横浜市内に現存していること自体が奇跡的であり、文化遺産としても非常に高い価値があります。

平成18年(2006年)には「平成の大改修」が行われ、屋根や外壁がきれいに整備されましたが、その骨組みや彫刻には江戸時代の職人技が息づいています。参拝の際は、ぜひ社殿の細部にも目を凝らして、800年を超える歴史の重みを感じてみてください。

8月下旬の例大祭と里神楽の奉納

8月下旬の例大祭で奉納される、提灯の光の中で仮面をつけた演者が舞う伝統的な「里神楽」のダイナミックな様子

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普段は静寂に包まれている鹿嶋神社ですが、年に一度、地域の人々の熱気で大いに盛り上がる日があります。それが毎年8月下旬の日曜日に行われる「例大祭(れいたいさい)」です。

このお祭りの最大の見どころは、神楽殿で奉納される「里神楽(さとかぐら)」です。神楽というと、神職さんが厳かに行うイメージがあるかもしれませんが、里神楽は地域の民間の方々(神楽師)によって演じられる、より娯楽性の高い民俗芸能です。ここ上大岡では、「里神楽 橘樹会」や「加藤社中」といった伝統ある団体が奉納を行っています。

主な演目と内容

  • 巫女舞(みこまい):祭りの始まりを告げ、場を清める優雅な舞。
  • 天の岩戸(あまのいわと):アマテラスオオミカミが岩戸に隠れ、世界が闇に包まれる有名な神話をユーモラスかつダイナミックに再現。
  • 獅子舞(ししまい):悪魔祓いの意味を持ち、観客の頭を噛んで回ることも。

ピーヒャラというお囃子の音色が境内に響き渡り、仮面をつけた演者たちが舞台を所狭しと舞う姿は、まさに日本の夏祭りの原風景そのもの。これらの神楽は横浜市の無形民俗文化財としても価値が高く、単なる余興を超えた「生きた文化財」です。地元の子どもたちからお年寄りまでが集まり、夜店を楽しみながら神楽に見入る光景は、現代の都会では失われつつある温かいコミュニティの姿を思い出させてくれます。

もし夏の終わりに横浜を訪れる機会があれば、ぜひこの例大祭に合わせてスケジュールを組んでみてはいかがでしょうか。タイムスリップしたかのような懐かしい時間を過ごせるはずです。

平和の礎に見る戦争と地域の歴史

楽しいお祭りの話の一方で、境内には忘れてはならない厳粛な記憶も刻まれています。社殿の近くを散策していると、「平和の礎」と刻まれた立派な石碑が目に入るでしょう。これは、第二次世界大戦(大東亜戦争)で亡くなられた地域の方々を慰霊し、平和への祈りを込めて平成17年に再建されたものです。

碑文には、昭和の激動の時代、国のために戦地へ赴き、帰らぬ人となった英霊への追悼の言葉が刻まれています。先ほど、この神社が「武神」を祀っているとお話ししましたが、戦時中の上大岡の若者たちは、出征前に必ずこの神社の石段を登り、タケミカヅチに「生きて帰れますように」「武運がありますように」と祈りを捧げて戦場へ向かったといいます。

彼らにとって、この神社の境内は、故郷の最後の風景であり、家族との別れの場でもあったのかもしれません。そうした歴史的背景を知った上でこの碑の前に立つと、今の私たちが享受している平和な日常が、決して当たり前のものではないことを痛感させられます。観光やパワースポット巡りも楽しいですが、時にはこうした「地域の記憶」に静かに想いを馳せ、平和への感謝を捧げることも、現代を生きる私たちの大切な参拝の作法ではないでしょうか。

上大岡総鎮守鹿嶋神社へ参拝する魅力

ここまで、上大岡総鎮守鹿嶋神社について、アクセスや御朱印の実用情報から、歴史や信仰の深い部分まで詳しくご紹介してきました。最後に、この神社の魅力を改めてまとめてみたいと思います。

上大岡総鎮守鹿嶋神社は、決して派手なアトラクションがあるわけではありませんし、京都や鎌倉の有名寺社のように観光客で溢れかえっているわけでもありません。むしろ、駐車場がなかったり、御朱印をもらうのに手間がかかったりと、不便な点があるのも事実です。しかし、その「不便さ」や「素朴さ」の中にこそ、本当の魅力が隠されています。

駅前の喧騒とは対照的な静寂、51段の石段が作り出す聖なる結界、200年前の社殿が醸し出す歴史の重み、そして地域の人々が大切に守り継いできた里神楽や平和への祈り。これらは、効率化された現代社会では味わえない、貴重な体験です。まるで都市の中にぽっかりと空いたエアポケットのように、ここに来ればいつでも静かな時間が流れています。

日常の忙しさに疲れた時、自分を見つめ直したい時、あるいは純粋に日本の古い文化に触れたい時。買い物のついでに少し足を伸ばして、この丘の上の聖地を訪れてみてください。木漏れ日の中で手を合わせた後、石段を降りる頃には、きっと来た時よりも少しだけ心が軽くなっているはずですよ。

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